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今日僕、先生に舌打ちしちゃったよ

今日僕、先生に舌打ちしちゃったよのイメージ画像-株式会社アイトカム諏訪部彩

「今日僕、先生に怒られて、むかついてさ、舌打ちしちゃったんだよ」

学校から帰ってきて、開口一番そのように私に話した息子。「し、したうち??!」ぎょっとした私。

思わず「先生に向かって何してるの!!」とげんこつを落としそうな衝動に駆られましたが、ふと冷静になり「よくもそんな、私に怒鳴られること確定なことを堂々と話してくれたもんだな」と思ったのでした。

楽しい出来事、良い出来事は積極的に話してくれても・・・


そうなんです!!

どうでしょうか?例えば、

・学校の給食が美味しくてたくさんおかわりした!

・休み時間にみんなで鬼ごっこをしていっぱい活躍した!

・体育の跳び箱で〇段が跳べた!

こんな風に、学校であった「良い出来事」であれば、積極的にお話してくれる子どもは多いと思います。

ですが、

自分にとって「都合の悪い出来事」までも自分からお話してくれていますか?

ふと考えまして、私はとたんに息子に対して「話してくれてありがとう」という『感謝の気持ち』が芽生えたのです。すっかり息子に対する「何やってるの!」というムカムカした気持ちは消えていきました。

親が叱らなくても子どもはちゃんと悪いことをしたって分かっている


「そっか。先生に怒られてしまって、むかついちゃったんだね」と言うと、

「うん。まぁ確かに授業中にちょっとうるさくしちゃった僕が悪いんだけれどさ、どうしてもお話したかったからさ。それで先生が怒ったもんだから、チェッ!って舌打ちしちゃったんだよ」と息子。

「そうだったんだ。どうしてもお話したいことがあったんだね。でも授業中だもんね。自分が悪いっていうのは分かっていたんだね」と聞くと、

「分かってるよ。ちゃんと。でも我慢できなくてさ、先生に舌打ちしちゃったの。だからさ、悪かったと思ったから、あとからちゃんと先生にごめんなさいしたよ」と息子。

「先生に悪かったって認めて謝ったんだね。じゃあ先生も許してくれたね。」

こんなやり取りをしました。私が頭ごなしに怒鳴ってげんこつしていたら、全く違った結果になっていたのではないか、とこうして書いていても感じます。私が冷静になって息子の気持ちを聞けたことで、『最終的には自分が悪かったことを認めて先生に謝った』という、この出来事の顛末を聞くことが出来ました。

息子との会話の後、担任の先生から電話があり、この一件についてのことでした。すでに息子から聞きました、と話すと、先生も自分から話してくれていたのですね、と驚いていました。

どんな話も親が耳を傾けてくれるとそれだけで子どもは安心する


子どもから学校での楽しかった出来事をたくさん聞けるのはもちろん嬉しいことなのですが、

・今日は頑張れなかった授業があった

・お友達とけんかしてしまった

そんな、うまくいかなったことも包み隠さずに正直に話してくれることは、親としてとてもありがたいことなんだな、と気づいた出来事でした。誰にだってうまくいく日もあれば、うまくいかない日もあり、それは子どもも一緒なので、どんなことも子どもが安心して話すことが出来る環境を親として作ってあげたいと思っています。

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